総務部長の小説の手書き原稿
「総務部長の小説の手書き原稿」
独身時代、営業であちこちの企業を回っていた時のこと。
とある会社の総務部長さんの趣味が、小説を書くことだと知って、すっかり意気投合したことがある。
当時の私は、ごくごくたまに趣味で小説のようなものを書いていたので、部長さんの書くものにとても興味があって、根掘り葉掘りたずねていたら、
「せやったら、今度、書いたものを見せてあげるわ。一応最終選考までいった小説の写しやで」
と、その部長さんの原稿を見せていただけることになった。
で、その原稿はというと、
B4版の原稿用紙で、堅くて分厚い表紙がついてあって、黒いヒモでとじられていた。
鉛筆書きの素晴らしい達筆だった。
枚数にして二百枚くらいはあったと思う。
その内容は、
兄の仇を討つために、仇を探しながら兄嫁と旅を続ける武士の話だった。
旅を続けているうちに、しだいに、ほのかな恋ごころが二人の間に芽生えてゆく、しかしもちろん気持ちを打ち明けるわけにはいかず、互いの本心を隠しながら二人は旅を続けるという話。
お見事もお見事の本格的な時代小説だった。
私が何よりも驚いたのは、その小説の文章の素晴らしさもさることながら、
最初の頁から最後の頁まで、全く乱れることのない、恐ろしく整った美しい筆跡だった。
清書というのは、ああいう原稿のことをいうのか、と、まこと感心してしまった。
しかし、あれが写しだということは、投稿された全く同じもう一つの原稿があるわけだ。
部長さん、すごすぎ。
とても貴重な経験をさせていただいた。