ある母子の話
「ある母子の話 」
これを読んで、私はある母子のことを思い出した。
私がまだ生まれる数年前のことだった。
踏切で電車に轢かれる寸前で我が子を助けた母親が犠牲になってしまったというなんとも痛ましい事件があったそうだ。
その時その母親は、無我夢中で我が子を線路の外に放り投げたという。
子供はかすり傷ひとつ追わずに助かったそうだ。私はその話を母から聞いた。
その助かった子供が私と同じ小学校の何年か上級にいる女の子で、その子の継母にあたる人が、保険のセールスをしていて、よくうちに勧誘に来ていたのだった。その人の旦那さんすなわち女の子の父親と、うちの父親がちょっとした知り合いだった。
私がよく覚えているのは、学校新聞に掲載されていたその女の子が書いた詩
のことだ。
それは
「母の手」という詩だった。
何か私が失敗をするたびに、
すかさず母の手が飛んできて、
私は思いっきりほっぺたをぶたれる。
正確ではないけれど、そういう内容の詩だった。
もちろんこの詩に出てくる母親は、彼女の本当の母親ではなくて、彼女を育てた継母のことだった。
学校新聞に載っていたこの詩を読んだうちの母が
「やはりいじめられてるんやろうか」
とボソッともらしたことを覚えている。
でもその時の私は、漠然とだけど、なんかそんなことはないような気がしたのだった。
それにしても読書というものは、不思議なものだ。遠の昔に忘れていたことを、こんなにもくっきりと鮮やかに思い出させてくれることがあるのだから。